Moonriders / 青空百景 (1982)

青空百景

怪作『マニア・マニエラ』はレコード会社から「難解すぎる」とクレームがつき一旦オクラ入り、それじゃあということで制作された『青空百景』は、これならいかかでしょうかとあてつけるような陽性ポップな曲が多い。『マニア・マニエラ』において唯一かわいらしくポップな一曲「気球と通信」の雰囲気で構成されている。個人的には、この「気球と通信」と「真夜中の玉子」はアルバムを入れ替えて収録してもよかったんじゃないかと思っている。歌詞の内容がつり合わないのかもしれないが。

ポップとはいっても、そこはムーンライダーズのことだから、当然、ひねくれポップである。はちみつぱいなど初期の鈴木慶一はもろにアメリカンロック寄りだったが、この頃になるともう完全にXTC系イギリス系ポップ職人と化している。ま〜モテなさそうなオタク集団が精一杯陽性モードで作ったラブソング集が『青空百景』なんである。

とにかく愛おしいのは頭の二曲。まず、完全なるストーカーラブソングの「僕はスーパーフライ」からしてポップ妙技オンパレードの職人芸ビシバシ状態で、名前も知らない彼女の家のまわりを、あろうことかハエになってグルグルしてしまうのである。スーパーフライというのがあの「スーパーフライ」をもじっているかどうかはわからないが、「最高にクール」的な意味を持つスラングであるはずの「スーパーフライ」も、ここではただのハエになってしまった。そして、そっと彼女の部屋に忍び込み白い壁にはり付いてしまうのだ。「キミニツタエタイ、ボクガココニイルッテコトヲ」と繰り返す展開部に至ってはこっちも完全にハエ視点である。例えば、オタク男の片思いを題材にしたユニコーンの「エレジー」などは、モテる男が見下してネタにしているだけというような不快さがあるが、「僕はスーパーフライ」は作り手も聴き手も完全なるハエ視点なのだ。

続く「青空のマリー」は、ライダーズのファンなら必ず大好きに違いない名曲中の名曲。せつなさここに極まれりだ。もともと「土手の向こうに」「こうもりが飛ぶ頃」などの名唱で、日本人しみるボーカリストナンバーワンに認定されている慶一氏(認定者はおれ)だが、ここでのボーカルも、ライダーズ最大の発明である「まったく美しくないコーラスワーク」と相乗効果で最高にしみる。ついに彼女の名前を聞き出し「君の名前はマリー」と歓喜するときの「マリー」の発音「ムァルィ〜」が最高過ぎ。そしてなんとしたことかマリーと朝を迎えるに至り「外は正月みたいな空」という超名フレーズを放つも、当然その恋は一週間ももたずに「雨降りの朝に電話したら、誰も出ないなんてどうかしてる」という超絶名フレーズで幕を閉じるのだ。「どうかしてる」というのがもうどうしようもなく最高だ。

なんかいつになく歌詞についての話が多くなってしまったが、そうなのだ。ムーンライダーズはそのサウンドと同等かそれ以上に歌詞が好きなんである。僕は歌詞というものをもの凄く軽視するタイプの音楽ファンであるが、ライダーズだけは別である。その証拠にちゃんと『ムーンライダーズ詩集』も持っているし、年に何度もパラパラ見る。自分が歌詞書くときに困ったらまたパラパラ見る。松本隆なんかよりも100倍よい。

どの曲のどの歌詞のこの一節がたまらない、とか、いくらでも書ける。しかしまあそれはまた別の機会に。